# 近江浅井氏

浅井亮政

▽ 徳勝寺浅井亮政墓(長浜市平方町)

生年: 延徳二(1492)年
没年: 天文十一(1542)年一月六日、(異説)天文十五年七月十七日(古代氏族系譜集成)

通称(字): 新三郎
受領名:備前守 官職: 従五位下 …古代氏族系譜集成

戒名・院号:

  • 救外宗護
  • 徳昌寺殿
  • 救外寺英徹高月 …古代氏族系譜集成
  • 肖像:

  • 徳勝寺蔵浅井亮政夫妻像

  • …十七世紀後半に作られた寄木造の木像。 浅井一族、東福門院女房対馬局(浅井定政女、浅井〔今木〕一政妹)が京都の仏師に作らせたもの。なお、対馬局は直政の弟敏政の子孫という(敏政の子之政の妻が亮政女)。
  • 浅井亮政肖像画
  • …亮政没の二年後執行された大祥忌法要の本尊として描かれたもの。健仁寺の梅屋上人の賛があった。但し現存しない。

    墓所: 徳勝寺(滋賀県長浜市)



    ▽ 浅井屋敷跡/浅井亮政出生の地
    (岡本神社内三条公綱手植樹)…長浜市小谷丁野町

    実父: 浅井直種(蔵人丞)
    兄弟: 政種、井演、下坂予一妻、時政?
    乳母: 宗寿(「大殿之御乳人」/徳勝寺授戒帳)

    妻:

  • 蔵屋(浅井直政女)
  • 馨庵寿松(尼子氏女)

  • …この二人が知られるが、子の多さから他にも妻妾がいたと思われます。

    養嗣子:

  • 明政(新三郎/出身は田屋氏) …嫡男の新四郎政弘夭折の後養嗣子に。
  • 久政? …亮政実子の説が一般的だが、六角義久の庶子という説も。母は浅井千代鶴という。
  • ▽ 亮政産湯池跡(浅井屋敷跡東側)…長浜市小谷丁野町
    息子:
  • 高政(新三郎〔古代氏族系譜集成〕/母は馨庵) …諸家系図纂、古代氏族系譜集成。長子であったため、はじめ亮政の後継候補であったというが夭折(大永六年四月九日没)。子孫が尾張浅井家とされるが、異説あり。
  • 政弘(新四郎/母は蔵屋) …高政の死後誕生。嫡男であったが夭折。
  • 久政?(母は馨庵)
  • 山城守(虎夜叉、宗悦)
  • 宮内少輔(号:好庵。長頼→秀政、延政〔古代氏族系譜集成〕、宗政〔古代氏族系譜集成〕浅羽長介とも)…系図纂要、寛政重修諸家譜、古代氏族系譜集成
  • 智山(桂侍者、雄山〔古代氏族系譜集成〕) …古代氏族系譜集成
  • 雄山種英 …系図纂要、南部文書
  • 息女:

  • 松市(三田村定頼妻、法名:性隆/母は馨庵) …徳勝寺授戒帳
  • 向殿、伯殿(浅井之政妻) …之政は直政弟敏政の子
  • 里美殿→黒田殿(磯野秀昌妻のち黒田伊予守妻)
  • 壽慶(浅井忠種妻、母は馨庵) …徳勝寺授戒帳。忠種は亮政の実兄政種の子
  • 海津殿鶴千代(浅井明政妻/母は蔵屋)
  • 近江局(督〔江〕女房) …寛政重修諸家譜
  • 近江の方、近江殿(斉藤義龍先妻、龍興母)? …久政女として伝わる。一方『浅井三代記』、『系図纂要』には斉藤龍興の妻(あそみ:浅井三代記)が亮政の女と伝わる。久政女=義龍妻だというのが正しいのではないか。
  • 京極高秀妻? …諸家系図纂、古代氏族系譜集成。高吉妻(久政女)との混同の可能性あり
  • 井口経慶妻? …中原系図等。但し、年代が合わないため、亮政実娘の可能性は低い。
  • 養女:

  • 阿久(昌安見久尼/浅井久政女)
  • 阿古?(小野殿/浅井久政妻)

  • 略歴

    “浅井三代”の初代として知られている亮政は、東浅井郡丁野(よおの)出身と伝わり(異説あり)、小谷山に本拠となる城(小谷城)を築きました。
    京極の内紛によって不満を募らせた国人衆にリーダーとして擁され、京極氏・その家老浅見氏と激しく争い、朝倉家と誼を結んだといいます(異説あり)。
    常勝不敗というわけではなく、何度も負けを重ねているにもかかわらず、国人衆からの支持が変わらなかったあたりに亮政の魅力が偲ばれます。


    略年表

    …工事中…


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