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# 史料

慶長三(1598)年

※ []内は茶々姫の居場所

この年
茶々姫、秀頼の名で総持寺(大阪府茨木市)を再建する。 摂津国八十八ヶ所霊場案内記
茶々姫(『浅井備前守長政女』)、秀頼の名で寄進し、白鬚神社(滋賀県高島市鵜川)の社殿(本殿・末社若宮神社・伊勢両宮〔天照皇大神宮・豊受大神宮〕及び八幡三社〔加茂・八幡・高良〕など)を修復する。奉行は片桐且元。 白鬚大明神縁起絵巻・本殿棟札
正月[伏見木幡山城西の丸]
十日(晴) 寧(「北政所」)、東寺講堂南大門の再興の意思を明らかにする。 義演准后日記
十三日(晴、嵐) 義演、寧(「北政所」、使者は客人局)ならびに茶々姫(「秀頼御袋」、使者は二位局)のへ巻数を進上する。 義演准后日記
二月[伏見木幡山城西の丸]
九日(晴) 秀吉(「太閤御所」)、この日豊臣家一家(「北政所始テ秀頼様」)醍醐寺金剛輪院へ渡り花見の下見を始める。 義演准后日記
十六日(晴) 秀吉(「太閤御所」)、醍醐寺の山号を深雪山と定め、秀頼(「若公秀頼」)を和歌に歌う。
  • 「相生の松に花咲く時なれば 深雪の櫻千世経ぬらん」
  • 義演准后日記(同月二十日条)
    三月[伏見木幡山城西の丸]
    十四日 木食応其、秀吉(「大閤大相国」)・秀頼(「秀頼様」)のために醍醐の花見の無事成就を祈念する。
  • 僧応其願文案

    「御立願条々

    一 於当寺、可奉成 行幸給上意之事、
    一 七堂伽藍可被成御建立御誓約之事、
    一 於神前、御能可被遊御用意之事、
    一 天下無双一切経可被成御寄進 御錠之事、
    一 坊舎寺領等、既被仰付事、
    一 千本桜之外至万木、可被成御殖〔植〕事、
    一 於当社、千句連歌可致執行事、
    右明日十五日 大閤大相国様 秀頼様御花見御遊覧風雨不鳴枝、天晴雲収、御宴於御成就者、条々早速可被成御執行者也、」
  • 醍醐寺文書
    十五日(晴) 秀吉(たいかう:「太閤」/義演:「太閤御所」)、醍醐寺にて花見を催し、女中三千人を召し具す(いわゆる「醍醐の花見」)。

  • 輿順(「たいかうさまぐんきのうち」より)

    一番:寧(「まん所さま」/小出秀政〔「こいではりま」:小出播磨〕・田中吉政〔「たはかひやうぶ」:田中兵部〕がこれに従う)
    二番:茶々姫(「にしの丸さま」/木下延重〔「きのしたすおふ」:木下周防〕・石川頼明〔「いしがうかもん」:石川掃門〕がこれに従う)
    三番:龍(京極高吉女、「まつの丸さま」/朽木元綱〔「くつ木かわち」:朽木河内〕・石田正澄〔「いしだもく」:石田杢〕・太田牛一〔「太田いづみ」:太田和泉〕がこれに従う)
    四番:織田信長女三の丸殿(「三の丸さま」/平塚為正〔「ひらつかいなば」:平塚因幡〕・片桐且元〔「かたぎりいちのかみ」:片桐東市正〕がこれに従う)
    五番:前田利家女摩阿(「かゞさま」/河原長右衛門尉〔「かはらちようへもん」〕・吉田又左衛門〔よしだ又ざへもん〕がこれに従う)
    六番:前田利家室松(「大なごん殿御内」:大納言殿御内)の順。


  • 花見に参加した茶々姫・秀頼の女房たち(参考:『桃山時代の女性』)

    上臈局(「上らふ」)、右京大夫局(「右京の大夫」)、大蔵卿局(「大蔵卿」)、三位局(「三ゐ」)、二位局(「二位」)、小野通ヵ(「づう」)、鶴(織田有楽女ヵ「うらくつる」)、づし(秀頼侍女)、 海津局(「かいつ」)、阿古御局(「あこ」)、とく、饗庭局(「あいは」)、氏家古奈(「こな」)、阿玉局(「たま」)、成田甲斐姫(「かい」)、睦の方(「むつ」)他

    茶々姫(「西丸様」)は、秀頼や大蔵卿局・饗庭局など女房衆と共にこれに同道し和歌を少なくとも三首残しました(醍醐花見短冊帖:直筆ではなく代筆といわれています)。

  • はなもまた君のためにとさきいでて 世にならびなき春にあふらし
    (桜の花もあなたがいらっしゃるからとこんなにすばらしく咲き始めて、私も世に並ぶことのないすばらしい春を味わうことができることでしょう)

  • あひおひの松も桜も八千代へん 君がみゆきのけふをはじめに
    (あなたがここにいらっしゃった今日から、松はいつまでもりっぱに経ち続け、桜もいつまでも美しく咲き誇ることでしょう)

  • ともなひて眺めにあかし深雪山 帰るさ惜しき花の面影
    (あなたとご一緒に、帰るのが惜しいと思わせる程満開の桜をこの先のことと重ね、思いにふけりながら眺めています)


  • 大蔵卿局の和歌も大日本史料におさめられています。只今解読中。
    義演准后日記・孝亮宿禰記・たいかうさまぐんきのうち・醍醐花見短冊帖
    十六日(雨) 義演、伏見城へ礼参し秀頼(「中将殿」)に対面し、手ずから菓子を賜う。また、女中衆(秀吉妻妾女房衆らか)にも面会する。 義演准后日記
    十八日(雨) 豪(「備前中納言女中」/宇喜多秀家室の意。前田利家息女で豊臣秀吉養女)、義演に花見の礼を遣わす。 義演准后日記
    二十日(雨) 義演、花見馳走の礼として杉原十帖・縮一巻とともに音信を孝蔵主(「康蔵主」)に遣わす。 義演准后日記
    二十二日(陰) 義演、秀吉侍女茶阿局(「ちゃ阿局」)へ杉原十帖・紅帯縮包を遣わす。 義演准后日記
    二十五日(陰) 醍醐の花見で読まれた豊臣一家(「太閤御所並秀頼・北政所・其外ノ御女房衆以下」)の和歌短冊が三寶院にて保管されるためにへ運びこまれる。 義演准后日記
    四月[伏見木幡山城西の丸]
    七日(雨、晩晴) 茶々姫(「秀頼御所御袋」)女房大蔵卿局(「秀頼御所御袋ノ局大蔵卿局」)に音信及び紅帯を遣わす。取次ぎは伊茶局(「いちや」)。 義演准后日記
    十四日(晴) 秀吉(「大かう」)がまもなく参内する知らせが朝廷に届く。 お湯殿の上の日記
    十五日(雨降) 秀吉・秀頼父子、上洛する。茶々姫の同道があったかは不明。 (『淀殿』)
    十六日(晴) 秀吉(「大かう」)・秀頼(「ひてより」)、来る十八日に参内する旨の知らせが朝廷に届く。振る舞いは前田玄以(「とくせんゐん」)に一任される。 お湯殿の上の日記
    十七日(晴) 秀吉(「大かう」)父子参内にむけて前田玄以(「とくせんゐん」)ら準備を進める。 お湯殿の上の日記
    十八日(晴) 醍醐の花見によって延引されていたが、この日秀吉(義演・言経「大閤」)・秀頼(義演「秀頼」、言経「御子息」)父子参内。
    義演、秀頼が大納言に昇進する噂を聞く。
    義演准后日記・言経卿記
    二十日(晴、晩雨) 秀吉(「大閤」)・秀頼(「御子息」)父子再び参内し、秀頼は従二位中納言に進む。 お湯殿の上の日記(『淀殿』)
    二十二日(晴) 来る二十四日に京都新城(「京都ノ御殿」)にて秀頼への礼参が行われる触れが出される。 義演准后日記
    二十四日(晴) 秀吉、伏見滞在のため不在の中、秀頼が京都新城(義演「秀頼ノ御殿」)にて公家衆より昇進の祝の惣礼をうける。
    義演はこのとき、秀頼が若干六歳にして堂々と惣礼をうけた様子を日記の中で賞賛している。
  • 礼参の順:近衛前久(「龍山近衛入道」)、照高院准后道澄、妙法院二品親王常胤、三寶院准后義演、大覚寺二品親王空性、聖護院二品親王(興意)、梶井无品親王(最胤)、竹内无品親王(覚円)、一乗院大僧正(尊勢)、大乗院大僧正(義尊)、実相院童形(慈運)
  • 取次は池田輝政(「池田ノ侍従」)、及び前田玄以(「徳善院」)

  • 義演、茶々姫(「御袋」)に曝布十端、申次二位局に曝布三端、大蔵卿局に曝布三端を遣わし、その返礼として杉原五十帖と巻物二端を賜る。
    義演准后日記
    五月[伏見木幡山城西の丸]
    一日(晴) この日の朝、秀吉・秀頼(「大閤若公」)、徳川家康を従えて伏見城に帰る。 言経卿記
    五日 秀吉、伏見城にて発病する。 (『淀殿』)
    十一日(雨) 義演、大蔵卿局配下伊茶局(「大蔵卿局内いちや」)より、子の甚五を使いとして杉原十帖・扇を進上され、返礼として甚五に帷を遣わす。 義演准后日記
    十八日(晴) 義演、茶々姫(「秀頼御袋」)へ祈祷巻数並びに糒二十袋を進上する。取次は二位局。返礼として鵞眼五百疋を賜る。 義演准后日記
    二十日(雨) 秀吉、大坂城修築の普請を開始する。(『淀殿』)
    伏見城本丸の秀吉、同城西の丸の秀頼(「中納言」)あてに書状を送る。

  • 慶長三年五月 豊臣秀頼宛秀吉書状(大阪市役所文書)
    かへす/\、うきょうのたいふ(右京大夫局)くせ事に候、
    みな/\中なこん(納言)さま(秀頼)にちか(違)い候もの候ハヽ、 こきころし候ほとたゝき候ハゝ、御きにちかい候もの候ましく候、
    まんかゝ(政母/寧)はや/\きあいよく候、心やすく候へく候、御かゝ茶々姫)へも事つて(言伝)申
    かならすかならす参候てなりとも、やま/\(山々)申たく候、めてたく、かしく、
    はや/\と状給候、御うれしくおもひまいらせ候、仍、きつ・かめ・やす・つし、 御きにちかい候よしうけ給候、さたのかきりにて候間、かゝさま茶々姫)に御申候て、 四人を一つなわ(縄)もそじゃろ候て、とゝさまのそなたへ御出候はん間、御おき候へく候、 我等参候て、こと/\くたゝきころし可申候、御ゆるし候ましく候、かしく
       二十日        中なこん(秀頼)さま     大かう(秀吉)
                     御返事
  • 大阪市役所文書
    二十四日 義演、龍(「松丸」/京極高吉女)へ今月の祈祷巻数・糒袋を贈り、返礼として生帷・曝帷を一重賜る。 義演准后日記
    六月[伏見木幡山城西の丸]
    八日(陰) 義演、茶々姫(「御袋」)へ揚梅一折進上。 義演准后日記
    十三日(晴) 秀吉(「大閤御所」)不例の記録。 義演准后日記
    七月[伏見木幡山城西の丸]
    四日(晴) 秀吉(「大閤御所」)、祈祷の甲斐なく不例の記録。 義演准后日記
    五日(晴、雷) 秀吉(「大閤御所」)不例、験気の記録。 義演准后日記
    七日(晴) 秀吉不例につき祈祷の依頼が、前田玄以(「徳善院」)・増田長盛(「増田右衛門尉」)・浅野長政(浅野弾正)の連名で届けられ、寧より祈祷代として黄金五枚が届く。同日、義演返報する。 義演准后日記
    九日(晴) 茶阿局(「ちゃ阿局」/豊臣家老女)より、秀吉(「大閤御所」)不例が一昨日の七日より験気の由を聞く。 義演准后日記
    十日(晴) 秀吉(「大閤御所」)不例が一昨日の七日より験気の報。 義演准后日記
    十一日(晴、雷、小雨) 孝蔵主より義演に文が送られ、また茶々姫女房(「御袋御局」/大蔵卿局?)へ巻数進上する。 両者より秀吉が変わらず験気の由を聞く。 義演准后日記
    八月[伏見木幡山城西の丸]
    五日(晴) 秀吉、年寄衆・女房衆へ遺言を残す。 浅野家文書/早稲田大学図書館所蔵文書(『淀殿』)
    七日(晴) 秀吉(「大閤御所」)不例。秀吉、浅野長政(「浅野弾正」)・増田長盛(「増田右衛門尉」)・石田三成(「石田治部少輔」)・ 前田玄以(「徳善院」)・長束正家(「長束大蔵大輔」)ら”五奉行”に婚戚の縁を結ばせる。 浅野家文書/早稲田大学図書館所蔵文書(『淀殿』)
    十一日 寧の生母朝日局(朝日殿とも。杉原氏)、没す。法名は康徳寺松屋真妙。 高台寺誌稿・当代記
    十八日 秀吉、伏見城にて没する。六十三歳。東福寺普門院に「國泰院殿太閤殿下」と祠堂を安牌し、塔頭霊雲院には「國泰院殿俊山雲龍大居士」と安牌する。 舜旧記・東福寺誌(霊雲院位牌記)
    二十五日(終日大雨) 寧(「北政所」)、東寺再建の費用を下行する。。 義演准后日記
    二十九日(晴) 早朝伏見より使者が義演の元に来り、秀頼(「秀頼卿」)の祈祷を依頼し金子三十両を進上する。また、大蔵卿局(「大蔵卿御局」)より文が来る。 義演准后日記
    三十日(陰、晩雨) 義演、秀頼祈祷のため不動護摩を修す。 義演准后日記
    九月[伏見木幡山城西の丸]
    朔日(陰、曇) 義演、秀頼(「秀頼卿」)祈祷のため不動護摩を修す。 義演准后日記
    五日(晴) 秀頼祈祷が結願し、巻数および撫物を大蔵卿局(「大蔵卿御局」)へ送り、めでたく思う旨の返事と撫物として紅帯を賜る。 義演准后日記
    十月[伏見木幡山城西の丸]
    朔日(晴) 秀頼祈祷がこの日より五日まで岳西院亮淳権僧正によって「先月の如く」行われる。 義演准后日記
    二日(晴) この夕刻より秀頼(「秀頼卿」)息災祈祷として不動護摩が開白される。 義演准后日記
    七日(晴) 義演、秀頼(「秀頼卿」)のための毎月の祈祷巻数を進上する。 義演准后日記
    十六日 加藤清正、この頃伏見にて秀頼(「秀頼公」)に謁見する。その後家康(「源大君」)に饗応される。 清正行状奇
    十一月[伏見木幡山城西の丸]
    二日(晴) 義演、秀頼(「秀頼卿」)祈祷のため不動護摩を修す。 義演准后日記
    六日(晴) 後陽成天皇退位につき、皇位継承について相論あり。 秀吉(「太閤」)の遺言である良仁親王(「親王御方 当今〔後陽成天皇〕皇子一宮也、中山大納言女〔親子〕腹也」)と嫡子政仁親王(「同皇子、近衛入道女〔前子〕腹也」)で相論され、結果秀吉の遺言を違えて「当今(後陽成)の意思」として政仁親王が内定される。 義演准后日記
    七日(晴) 義演、秀頼(「秀頼卿」)のための毎月の祈祷巻数を進上する。 義演准后日記
    二十七日(大雪) 北野社より摩阿(「筑前殿〔前田利家〕御むすめ子かゝ〔加賀〕さま」)へ巻数・折が進上される。摩阿、ただちに北野社へ返信する。 北野社家日記
    十二月[伏見木幡山城西の丸]
    二日(快晴) 大蔵卿局(「大蔵卿御つほね」)、北野社へ二百疋を贈る。 北野社家日記
    七日(晴) 義演、秀頼(「秀頼卿」)のための毎月の祈祷巻数を大蔵卿局を介して進上する。 義演准后日記
    二十六日(晴) 九月より始められた、亮淳大僧正・演照律師・演賀律師・堯演(堯政ヵ)律師・亮済阿闍梨・甚盛阿闍梨・演俊阿闍梨ら七人の僧による秀頼の息災祈祷についてこの日撫物・巻数が大蔵卿局を介して進上される。 義演准后日記
    三十日(雷、大雨) 義演、寧(「北政所」)・茶々姫(「御台所」)より花小松の所望を受ける。 義演准后日記


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