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# 史料

天正十五(1587)年

※ []内は茶々姫の居場所

二月[大坂城二の丸?]
十五日 小吉秀勝(「羽柴丹波少将」)、秀吉の先陣として兵五千を率いて九州へ出陣する。 大阪城天守閣所蔵文書(『浅井三姉妹の真実』)
四月[大坂城二の丸?]
十五日 小吉秀勝、秋月氏の支城筑前巌石城を落とす。 (『浅井三姉妹の真実』)
九月[大坂城?→聚楽第?]
十三日(晴) 秀吉(「殿下」)、聚楽第に移る。
大政所(「輿十五丁、乗物六丁、騎馬四人、諸大夫衆赤装束也、太刀ヲハク、先サキヘ長持共敷多有之」)、如春尼(「本願寺殿北御方」/三条公頼女、本願寺光佐室/「コシ十二丁、キハ下間刑部卿法印(頼廉)・同少進法印・同侍従法橋(頼純)也、」)、寧(「北政所」/「輿百丁計、乗物二百疋計有之、長ヒツ已下不知数、前後已下美麗驚目也、キハ十七キ、赤装束、太刀ヲサ(ハ)ク、」)と続く。その行列は「言語道断也、貴賎群集也」と言経により評される。
言経卿記
十四日(晴) 秀吉(「殿下」)・大政所・寧(「北政所」)・如春尼(「門跡北御方」)、大坂へ帰る。 言経卿記


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