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# 書状・書簡

≫ 茶々姫宛て書状

文禄三年 豊臣秀吉音信(関戸文書『太閤書信』)

《読み下し》
かへす/\、やいと(灸)、たれ(誰)なりともめされ候へく候。御ひろいさまへは、やいと御むやう(無用)にて候。かゝさまめされ候はゝ、くせ(曲)事にて候。以上。
み事の御いんしん(音信)おくり給候。一しほ/\なかめいりまいらせ候。こゝもとのふしん申つけ候て、五三日中に参、つもる御物かたり可申候。又このはないれ(花入)一しゆ進上候。やかてやかて参候はんおりふし(折節)、いろ/\のみやけ進し可申候。かしく。    おかゝさまへ
《訳》
あなたは誰でもお召しになって灸を据えてもらうとよろしい。しかしお拾様にはお灸をすえることはあってはなりません。母親であるあなたがお拾様に灸を据えることもいけませんよ。
あなたからの見事な音信、しげしげと見とれております。こちらの普請を申し付けたらきっと数日中にそちらへ参り、積もる話を致しましょう。とりあえずはこの花入を一つお送りしますが、やがてそちらへ行ったときに、いろいろと土産を持参しましょう。
   お母様へ

《解説》
福田千鶴先生曰く、文中にある伏見指月城普請が文禄三年三月から本格化しており、拾が同年十一月二十一日に移徙が行われているので、その間に発給されたものだろうということです。 「茶々みずからが拾に灸を施そうとして艾に火を付けようとする姿などは、想像するだけでほほえましくなる。」(福田千鶴『淀殿』)


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