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# 近江浅井氏

泉源寺殿

生年: 天文十二(1542)年
没年: 元和五(1618)年

名: 不詳(「慶」という説もあるがこれは戒名が由来か)
称: 泉源寺
洗礼名: ドンナ・マリア
戒名: 養福院殿法山壽慶大禅定尼

肖像: 京都下鳥羽常高寺日蓮上人像 …泉源寺殿を模して造られたといわれています

父: 浅井久政
母: 井口阿古?

夫: 京極高吉(高慶、高佳とも)

子女:

  • 龍(松の丸殿、京極局、戒名は寿芳院殿月晃盛久)…豊臣秀吉妻
  • 京極高次(小法師丸〔幼名〕、泰雲寺殿前三品相公徹宗道閑大居士、泰雲寺殿徹宗道閑)
  • 氏家行家室(松雲院殿日浄)
  • 京極高知(長寿丸〔幼名〕、ジョアン〔洗礼名〕、瑞泰院真巌道可)
  • 朽木宣綱室(マグダレナ〔洗礼名〕、秀隣寺殿桃巌永悟大禅定尼)

  • 略歴

    成長した姫が嫁いだのは、年の離れた京極家当主高吉でした。 高吉は小谷城京極丸で暮らしていたとも、清滝寺城で暮らしていたともいいます。 夫が病没する直前、夫とともに安土で宣教師オルガンチノにより洗礼を受け、ドンナ・マリアという洗礼名を受けたのちは熱心なキリスト教信者を貫きました。
    娘京極局(龍子)が秀吉の奥御殿に入る際、彼女に同行して聚楽第にて娘を支えます。 秀吉没後、おそらく松の丸殿と呼ばれるようになった龍が京極家に戻るとき、彼女は京極家に戻り、禁教令にもめげずに同じく熱心なキリスト教信者であった次男高知の庇護のもと、泉源寺を拠点として布教に明け暮れました。 彼女の子は龍以外がみなクリスチャンになっています。
    茶々姫ら三姉妹との関係は、北庄落城後聚楽第にて龍の庇護にあったとされる際、親身に姉妹の世話を焼いたのが伯母にあたる泉源寺殿であったと思われます。
    ただ、後年秀吉の発した禁教令にも関わらず、娘マグダレナが病没した際に、泉源寺殿はその葬儀をキリスト教にのっとって強行し、朽木家と騒動になったほか、 秀吉の嫡子秀頼の母となっていた茶々姫が仏教を保護するよう家康に求めた一件のきっかけともなり、信仰の違いによる擦れ違いは多少なりとも確かにあったようです。


    略年表

    …工事中…


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